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ピロリロリ~…。
やっと詩が眠りについたころ、充電器の上の携帯が音を立てた。
(こんな夜中に誰だよ…)
少し腹を立てながら白く光るディスプレイを覗いて、背筋に冷たいものが走る。
(げっ……由紀!)
ついてない時はとことんついてないもんだ、と半ばあきれつつ、なかなか鳴り止まない電話に渋々緑色のボタンを押す。
「……はい」
『もしもしぃ?宏ちゃん?』
よく透る由紀の声。
こいつは今何時だか、わかってるんだろうか。
しかもなんか酔ってないか?こいつ。
「ん、どした?」
「お仕事お疲れさまっ。今ね、友達とお出掛けした帰りなんだけどぉ、宏ちゃんとこに泊まりに行ってもいい?」
宏ちゃんの家ってこの近くなんでしょ、と由紀は近所の駅の名前を告げた。
「あー……」
それはまずい。
絶対にまずい。
もしこの場に由紀が(しかも酒の入った状態で)現れて、俺のパーカーを着た詩がベッドにいるのを見つけたら。
(恐ろしい……)
付き合って少し経つ由紀は、少しばかり嫉妬深い。
少し前、たまたま高校時代の先輩(♀)に捕まって、一緒に飲んで酔いつぶれたのを仕方なく泊めたことがあった。
もちろん俺はソファで寝たし(強制的にベッドを取り上げられたためだ)、先輩の寝込みを襲うような真似はしていない(そんな事をしようものなら空手の得意な先輩は迷うことなく俺を抹殺していたはずだ) 。
あの時、翌朝早くにかかってきた由紀からの電話を、寝ぼけた先輩が間違えて取った。
由紀は急いで替わった俺に「浮気者ッ」と一言叫んで電話を切った。
そしてあろうことかあいつは、マスターに泣きついたのだ。
最近様子が変だと思っただの、ずっとあたしを騙してたんだ、だの……。
怒り心頭のマスターに、俺は危 うくクビにされるところだった。
その後先輩が店に現われて弁解してくれなかったら、俺はきっと今ごろ住所不定無職……いや、住所は決まってるか。
とにかく職無しになっていたのだ。
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