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私は旅をしていたと思う。
長く暗く狭く湿気の多いトンネルをぽつねんと歩いていたと思えば、雪の舞う広い山道に出て雪に反射した太陽光で目が眩み…
その数舜後にはライブハウスでむせ返るような熱気の中ギターを演奏していた、かと思えばアンプから飛び出たギターの音に飛び乗って屋根を抜け夜の大空を飛んだり…
私は旅をしていたと思う。
自信を持って言えないのは、今までの旅を思い出そうとしても上手く思い出せないからで、思い出せるのは上に挙げたような印象的な場面。
まるで旅の始まりから終わりまでを一瞬で駆け抜けたような感覚。
ふと気付けばベッドの上…遠い知り合いの家のベッドのようだ。レースのカーテンは閉めてあった。
何でこんな所にいるのか…考える前に腹が鳴る。確か、何も食べて無かったか。
あいつは酷く大雑把だ。最悪、人の家の冷蔵庫を漁る事になるかもしれない…そんな事を考えながら居間の襖に手を掛ける
あいつは知り合いと言ってももはや悪友のような存在。申し訳なさそうに振る舞うのは逆に気まずいし、何よりキャラに合わない。
ずかずかと入り込んでふてぶてしく飯を催促するくらいがちょうど良いのだ。
そんな事を思いながら襖を思いっきり開いた。
手に掛けていた襖は思いの外軽く、静かな空間に似つかわしくない騒音が響く。あいつも驚いた顔でこちらを見ていた。
その音に自分でビックリして固まっていると、腹の虫が鳴いた。思わずあいつの顔を見ると柔らかな笑顔に変わっていたので、私は赤面していたんだと思う。
飯はいるかと聞かれ、無言で頷く。
昼の余りしかないけどこれで良かったらと、とろとろに溶かしたチーズをかけたフランスパンと、パプリカとレタスのサラダを出してくれた。
よほど腹が減っていたのか、すぐに平らげてしまった。少食なので満腹とまではいかないが、かなり満足した。
あいつが気を効かせて紅茶を出してくれた。ふと、良い嫁になるだろうなと思った。
あいつが淹れてくれた紅茶、これは世界三大銘茶の一つ、キーマンの礼貴品。しかもティップスが多めに入っていて香りが強く、香りを引き立てる為に少し浅めに淹れてあった。
今思い出せば、遠くに出掛けた時に専門店で飲んだ紅茶だが、高い紅茶をさりげなく出してくれる気遣いが凄く嬉しかった。
ふと気付くとまたベッドの上。外は真っ暗。柔らかな時間が終わってしまった…
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