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充は、大きく息を吸い、決心をし、事故現場に向かった。
そこには、酷く歪んだ銀の自転車と、膝下から擦り剥いて怪我を痛む中年女性、熱心に調書を取る年輩の警官が話し込んでいた。
「すみません、僕が」
年輩の警官は訝し気な顔を向けた。
「君は? もしや」
弱々しい声で、充は続けた。
「本当にすみません、車の後部の物音は気付いたんです、でも、犬猫か何かと接触したんだと勘違いして……」
「そうなのか。てっきり、轢き逃げだと話が有ったから。まあ、詳しい話を聞きたいんだが、まずこの女性を病院に搬送したいんでな。病院で聞こうか」
この女性、と聞いて初めて、充は女性の瞳を真っ直ぐに見た。
充は深呼吸をし、さっきより声を振り絞り、告げた。
「すみません。分かっていました。逃げ出したんです。馬鹿で、ごめんなさい。ごめんなさい」
病院へ搬送する救急車の後ろを追走する警察車輌。赤い回転灯に車内は照らし出されている。助手席の年輩警官が後部座席との隙間に半身を乗り出し、穏やかな口調で語りかけた。
「君は馬鹿じゃない。君にも免許証を初めて受け取った日が有ったね。もう一度、その日の気持ちを思い出して」
「そうですね。あの日を想い出して……」
了
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