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「ちょっと由佳里さん、聞いて頂戴。あの四軒茶屋の真ん前に、えらく太った娘さんが、死産したような赤ん坊を、たいそう大事に胸に抱いて、立っていたってよ」
「まあ、そうなの」
やはり、私の姉の話だ。これはこれは、また夕べよりも随分悪意に満ちた噂になっている。噂好きの斜め向かいのイン子おばさんは、殆ど私が口を挟む間も空けずまくし立てる。歳に不釣り合いな派手な金髪は亜熱帯の鳥類を想起させるに容易い。生ぬるい唾の飛沫を華麗に避けるのに、私は首をド阿呆のように、右へ左へと振らなければならなかった。
「その女の人、私の……」
「私も見たわ、その赤ん坊ったら、死んで何週間も経っているみたいに、気持ち悪い腐臭がしたもの」
今度は町長の奥様、庵子おばさんだ。さんざ辟易した。腐臭が酷いのは貴女の胸の内か、或いは加齢皺が汗溜まりを形成している、首の後ろだ。
「あのですね」
「嫌ね、死んだような赤ん坊って言うのが、一つしか目が無かったのよ」
「怖いわねぇ」
人間とは、何処まで嘘吐きなのだろう。あれ程聡明で人当たりの良い、私の慕う姉が、今や怪談話の醜悪な妖怪の扱いだ。
たった一人の肉親なのに、許せない。
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