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私はそそくさと帰宅すると、直ぐに二階の姉の部屋に駆け上がった。襖を静かに開けると、洗濯物の乾き切らない湿り気が篭って、暗い和室の奥の奥、背中を見せて隅っこに潜む姉の素顔を、半ば靄にかかったみたいに隠そうとしているようだった。シン、と音も無い音がした。
「お姉ちゃん。これ、甘菓子」
私が買って来た袋詰めの菓子を渡そうとしても、姉は僅かヒクリとも動かないで居る。大きな袋から、菓子の小袋一つやら二つやら取り出し、丁寧に和紙包装をカシリカシリと開け広げ、姉の胸元辺りへと見せては声を掛け、広げてはまた一つ声を掛け、姉の気を手繰り寄せるのに、幾つも脂汗を流さねばならなかった。
「お姉ちゃん。甘ぁいんだよ、これ。甘ぁい千代菓子だよ」
それから、今日の他愛の無い出来事だとかを、一つ二つ、話して聞かせた。
ピィ、ピィ、ヒィヤラヤ、ヒィヤラヤ。
幾刻か過ぎて、遠くの風に乗って、商店街のチンドン屋たちの、こ五月蝿い太鼓やラッパの音色が段々と近付き、侘しい部屋に華を添えた。
姉は色取りどりの紙包みの、どの菓子にも興味を示さなかったけれど、私は、こうしているだけで満足だった。
ちいとも振り向いてくれなくても、溜め息は零さない。
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