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充(みつる)は、その日特別急いでいた理由など有る筈は無かった。
「早く、退けってんだ。俺は直ぐにも帰って、ブログを更新しなくちゃあならない。更新しなけりゃ人の興味は離れて、たちまち人気下位だ。それが何の災いかって? 五月蝿いな。いち、にい、……」
大柄で屈強な、恵まれた体躯の充には、傍目には分かり得ない精神構造の矮小さが有る。それはまるで彼の脊髄だとか脳幹が、芋の蔓ほどの、か細いヒゲ根のみで漸く繋がりを保っているかの如く。もし彼の持論や道徳観念を揺すぶる突風が吹けば、たちまち乱離骨灰、蔓は絡み合い二度と解けることは無いだろう。
この日の仕事帰りも彼は、自らの頭の左隅あたりに住み着いている、もう一人の『小柄な』自分と論争するのに励んでいた。
「ウインカーも出さずに、中途半端に破線を踏むなよ。お前は一体、どうしたいんだ。だせえ車に乗りやがる奴は、たいていあんな運転なんだ。ホーン鳴らせば先週みたいに、むきになって減速するしな、俺は煽ってなんかいないぞ? ああ邪魔だ、邪魔だ、お前のことだよ! 偏頭痛が酷い、出て行ってくれ!」
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