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充は運転席を濛々満たすタバコの煙りを片手でぶんぶん振り払いながら、同時に頭の左隅の、小柄な自分の声をも掻き消しているつもりだった。
「さっき俺をブチ抜いてった奴が、信号待ちで逆転してんじゃねぇか、ハッ」
右手にジントニック代わりのジンジャーエールを握り締め、アルミを潰すパキパキとした金属音を楽しみながら、一気に飲み干した。横隔膜が痙攣する感覚を、息を殺してやり過ごす。
「俺が遅いってのか? 邪魔なのは俺の方ってか? んなことは無い。昨日の早朝も帰りも、あのミニバン見たぞ。急かしやがって。朝は仕事に遅れるからか? 夜はパチスロの時間が惜しいからか? それとも野球中継? ハッ。俺はもっと高尚な趣味の為だ。株と先物取引で資本社会の金を全世界に循環させ、ネットを駆け巡り個人記者として大手新聞社の偏向を叩く。俺は掛け替えの無い存在だ。誰も俺の代わりには、なれない」
車用ではなく歩行者用の信号を気に掛けながら、もう片方の手で新着コメントをチェックするのが彼の悪癖だ。彼の携帯は一日の内おおよそ二十時間程も、自宅のパソコンと繋がっている。先回の信号待ちから、二分も経っていないというのに、彼の左手は携帯を折り畳んだり開いたりを止めようとしなかった。
歩行者信号が変わりきる前、不意に、着信音が鳴った。
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