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寿久子の手にある黒色のチップを見て、マネージャーの柳原は青ざめた。
黒はひとつ10万ドルのチップだが、その値段と同等の価値がある高価なダイヤが埋め込まれている。
しかし、寿久子の持っているチップには、あるべきはずの場所にダイヤはなく、ぽっかりと穴があいていた。
オッズ・テーブルの隅々、
床に敷かれた絨毯の毛足の奥、
柳原が注意深く調べても、青白く光るダイヤは見つからない。
特別室にいる客は、バッグなどの持ち物もすべてクロークに預けている。
「ブラックチップのダイヤモンドが、と、と、とうな、いや、消失!、至急手配ねがいます!」
無線で報告を入れた。
柳原は、口から出かかった「盗難」を、あわてて「消失」と言い換えたが、ギャンブル客たちは耳ざとかった。
優雅な特別室の空気は一転、テーブルの周囲は騒然としはじめた。
「お客様、落ち着いてください! お慌てにならず、今しばらくテーブルから離れぬよう、お願いいたします」
そういう柳原自身が、ひどく慌てていた。
「君は、わたくしたちの中に不心得者がいると考えているのかね。きちんと説明してくれたまえ」
白髭をたくわえた初老の客が言った。セレブらしい物静かな口調だったが、柳原に向けた視線は厳しかった。
「滅相もございません」
柳原は平身低頭する。
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