第五話「機転」

4/4
前へ
/30ページ
次へ
テーブルを預かる、山口ひとみは、青い顔で立ちつくしていた。   いっぽう、フロアマネージャーの柳原は、けわしい視線を部屋にいるゲストにむけている。 華やかなカジノにあってはならない、冷たい空気。   (これはまずいな…………)   虹山が、場の空気をなんとかしようとしたその時、   「お客様が落とし物をされたそうで」   場の緊張をゆるめる、何とも穏やかな声がした。   退職を数日後にひかえた、ドアマンの三戸である。 虹山は、万一に備えて、ホテルの生き字引ともいえる三戸に応援を頼んでおいたのだ。   カジノスタッフの制服に着替えても、三戸の年齢を感じさせないきびきびした動きは変わらない。 カクテルドレスとタキシードの客の間を縫うようにして三戸がテーブルに近づいた。   三戸は、笑顔で一礼しながら、部屋の客をチェックした。四十年間、ホテルの玄関に立ち続けてきた彼の頭には、全ての客の顔と個人情報がインプットされている。   「支配人代理、捜し物は、間違いなく、まだこの部屋にありますよ」   笑顔を崩さぬまま、虹山に耳打ちした。   虹山は老ドアマンの言葉に深くうなずいて(そして、犯人も、間違いなくこの部屋のなかにいるはずだ)と特別室にいるスタッフとゲストを、ゆっくりと見まわした。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8890人が本棚に入れています
本棚に追加