梅雨にも晴れ間はある

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 最悪だ。俺の人生は終わっている。    これを読んでる奴の中で、禿げてる奴はいるか?仕事をクビになった奴は?マイカーをとっとと売らなきゃならなくなった奴は?部屋が汚い奴は?口が臭い奴は?体毛が濃い奴は?体臭が気になる奴は?生涯一度もモテた事のない奴は?ろくでもない女と結婚しちまった奴は?そんな妻にさえ逃げられた奴は?    全部の奴は?    最悪だ。どう前向きに考えようたって無理だ。職安からひびだらけでボロボロの団地に向かい、薄暗い階段を疲れた躯に鞭打って何とか昇り終える。そしてソファーに腰掛け、蒸れた自分の足の臭いを嗅ぎ最悪な気分は最高潮に達する。  納豆に酢を混ぜ、チーズを乗っけてレンジでチンした臭いだ。ただのチーズじゃない、こりゃブルーチーズに違いない。ワイン好きには堪らない。俺は酒を飲む余裕もないのが残念だが、芳醇なつまみには事欠かないようだ。まったく人生とは皮肉なもんだ。残念で仕方がない。虚しくなってくる。    リストラに遭うまでは上手く行っていたと思う、自分でも出来過ぎてた位いだ。何の才能も無い俺が、意外にもトントン拍子で出世街道をぶっちぎった。良くも悪くもアイツのお陰だった。  アイツは初恋の女だった。とにかく派手な女で、中学時代学園で一番目立っていた。その頃の俺はイモ少年だった。いや、正確には生まれてこの方、今も然り、イモ野郎だ。当時は口を利こう何て気すら起こらなかった。    俺は求人誌の営業で、手当たり次第店を見つけては飛び込みをするのが仕事だった。たまたま飛び込んだ携帯ショップにアイツが働いていた。俺はすぐに分かった、思春期に何度もズリネタにした顔だ、雰囲気が変わったって忘れやしない。しかし、アイツは全く気付いていない。当然だ。何たって当時の俺は空気の様な存在だったしな。  俺はしつこく、何度となく店に足を運んだ。仕事を取ったり、取らなかったりしながら尋常じゃ無いほど店に顔を出した。  このサイコさは役に立った。諦めない粘り強さが身についたのだ。お陰で他の店で、何度門前払いをされても、全く萎縮しなくなった。恋いのパワーで厚顔無恥になったのだ。
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