191人が本棚に入れています
本棚に追加
『何で?どうして、ここに…?』
頭の回転が追いつかずに、素直に質問すると、龍は私を真っ直ぐ見つめたまま口を開いた。
「僕は、イーストウッドには、なれそうにないよ。だって、僕は今までリチャード・ギアのつもりで紅葉を愛してきたんだから…。」
私は、リチャード・ギアと聞いて、龍を見上げながら複雑な顔をした。
「僕がリチャード・ギアで、紅葉はデブラ・ウィンガー。紅葉が好きな、あの古い映画だよ。分かるよね?」
つまり、彼は“愛と青春の旅立ち”の事を言っているのだ。
あの映画は、最後迎えに来ないと思っていた海軍の彼が、工場で働いている彼女をお姫様抱っこして連れ去らうという、筋金入りのハッピーエンドだ。
私は、うすら笑いをしながら、「信じられない」と言わんばかりに、冷ややかな目で龍を見つめた。
『龍…、私は自分の考えを曲げるつもりはないの。これ以上、困らせないで…。せっかく、前に進もうとしてたのに、龍がこんな事してたら、またつまずいちゃうじゃん。』
私がそう言うと、龍はすぐに口を開いた。
「紅葉は、ずっと前僕に“もしも、すべてを捨てないと、私と一緒にいれなくなるって言われたら、どうする?”って聞いてきたよね。」
龍が私の返事を待って首をかしげると、私は仕方なく頷いた。
龍は、背筋をピンと伸ばして、胸を張りながらあの可愛い笑顔をふりまいた。
「あの時の答えが、これなんだ。すべてを捨てないと、一緒にいられないって言うんなら、僕は地位や名誉、プライド全部を喜んで捨てるよ…。」
龍がそう言いながら私の手を握ると、目頭が熱くなるのを感じた私は、うつむいてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!