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目が覚めると異臭を感じた。血生臭いにおいだった。身体を起こして、今まで私が寝ていたベッドを見る。血の海の中に、若い女の死体があった。
──ああ、そうだ。昨晩私はこの女を殺したのだ。
私が生まれた時からずっと側にいた彼女を、私は生まれた時から、ずっとずっと憎んでいた。何度も殺そうと思ったけれど、何度も怖くなって諦めた。 でも昨日は違った。彼女を捨ててしまいたい気持ちが、怖さよりも勝ったのだ。私は眠るように穏やかな気持ちで彼女の胸を刺した。そこで私の意識は途切れた。
彼女の赤々とした血液が、その出来事からさほど時間が経っていないことを物語る。私は、殺したくて堪らなかったひとを殺したのだ。その事実を、はっきりと実感した。
──なのに、それなのに、彼女はまだ存在している。
何故なのだろうか、殺せば終わると思っていたのに。このひとの存在を、消せると思っていたのに。
殺したはずの人間が、目覚めて自分の死を確認している。昨晩の出来事を、思い出している。死んだはずの人間の視覚が、嗅覚が、聴覚が機能している。目の前にある顔は青白い色をしていて、とても生きているようには思えない。なのに何故、私の意識がここに存在しているのだろうか。
納得のいかない事実に鳴き叫んでも、声が響くことはなかった。携帯電話が鳴った。手に取ろうと思った。けれども私の手は、鳴き続ける物体を虚しくすり抜けて行くだけだった。
私はこの部屋で、絶望と共に過ごした。時々携帯電話が鳴るだけの静かな部屋で、少しずつ変色してゆく死体を見つめていた。眠ることは出来なかった。食べることも出来なかった。音楽を聴きたくても、オーディオに触れることさえ出来なかった。寂しくなってテレビをつけようとしても同じだった。
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