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「人は人。貴方は貴方。それくらい分かるでしょう?」 人を羨んでばかりじゃ、いずれ何もなくなるわよ。 悠稀の静かな声で紡がれた言葉に、紘子は首を傾げる。 どういう意味か分からないのだ。 そんな紘子の反応に、悠稀は苦笑。 「だから、簡単に言えば貴方には貴方の良さがあるの。他人ばっかり気にしていたら、貴方の良さがなくなるわ」 簡単に、といっても悠稀にとってはだ。 紘子にとっては、それでも難しい。 「悠稀、それでも私は貴方が羨ましい」 今も昔も、自分の好きな人が好きになっている、この少女が。 紘子にはどうしようもなく羨ましい。 真っ直ぐ見られて、悠稀の表情に困惑が浮かぶ。 「私なんかを羨んでも、意味ないわ。だって、今の私は最悪だから」 何が、とは聞かなかった。 聞けなかったのだ。 あんなに悲しそうな悠稀の表情を見て、聞けるはずがない。 しばらく無言が続き、悠稀が小さく呟く。 「何もかも、知らないままでいられたら楽なのにね」 そうしたら、私は。 最後の呟きは風に紛れ、紘子には届かない。 ふっと横にいた悠稀の立ち上がる気配を感じて、紘子はゆっくり悠稀に視線を向ける。 「悠稀、どうしたの?」 「入りましょう。今日は寒いわ」 悠稀の作り笑いが視界に入る。 辛いのだろうか。悠稀も、今の自分みたいに。 差し出された手を、紘子はぼんやりと眺める。
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