始まりの地

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ああ、もしやこれは自分の肉体が腐食した匂いなのか。頭上にある青い青い月に掌をかざして、青白く塗られた自分の腕を見つめる。 ときたま、巨大な岩に空いた穴を通って風が唸った。枯れた草が丸まって、かさかさと囁きながら足元を走っていった。彼はまばたきもせずに孤独をひっそりと感じていた。自分の存在を疎ましく思った。 何故、自分はこの環境で生きていられるのか。――わからない。 自分は異形の者だったのか、だとすると納得出来る。何故なら彼は生身の人間では到底生きられないこの荒野で、もう何年も彷徨っているからだ。まるで暗い地平線と明るい夜空が交わる隙間の濃い闇で、迷子になってしまったような気すらした。 誰でもいい、もう一度自分の名を呼んで欲しい。そんな奇跡が起こるとしたら、彼はその相手に誓いを立てようと、決意するように空へ突き出した掌を握る。 遥か昔、まだこの地が淡い色彩で満ちていた頃交したように、新しくまた自分の名を呼ぶ者と―― 何度目かの風が吹いた。小さな絶望に立ち尽くしていた彼の目が、今度こそしっかりと鼻に届いた匂いに見開いた。 未だ腐臭はひどい。しかし、先程までは混じっていなかった微かな香りを確かに嗅いだ。 誰でもいいなんて、嘘だった。本当は、この香りを持つ唯一の人を求めていたのだ。 .
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