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「へっ、知ったことじゃねぇよ。犬の前に、あのいまいましい餓鬼がでしゃばらなきゃ、なんてことなかったんだ。死んだ? へん! だから何だってんだ。飼い犬がやらかしたことは飼い主の責任ですかい? だから犬を飼ってる連中が怖がって軒並み捨てちまうんだ。知ってやすかい? お陰で町中が野良犬だらけだ」
それだけ言うと、銀八は自分から視線を外さぬ栄次朗を睨み返し、「ねぇ旦那」と、一転して含みのある笑みを真悟に向けた。
「何だ?」
「ちょいっとお尋ねしやすが、当世魚屋なんてもんが立ち行くってのは、どうした訳なんでしょうかね?」
栄次朗は内心で、あっ!と叫んだ。
憐れみの触れは全ての生き物が対象になる。活魚とて例外ではない。
「それは誰のことをいっているのか?」
「そこであっしのことを恐い顔で睨んでいなさる、……栄次朗さんっておっしゃいましたかね?」
真悟は銀八の視線を辿り、“しまった”と表情を歪める栄次朗を瞥見したが、特に表情を変えるでもなく、「銀八、今回はその方の不注意から起きたこと、本来なら人ひとり死亡していることでもあり、召し捕ってお奉行の裁を仰ぐところなれど、今後同様のことを起こさぬと誓うなら、今回に限り目を瞑るが、どうだ?」
「……」
「不満か?」
「……いえ、そりゃ旦那がそうおっしゃるなら……」
素直に応じる銀八であったが、銀八の脅威は天敵種たる同心より、真悟の隣に座し、無言裡に威圧をかける鼎の存在にあった。
鼎の無表情が、抜き身の刀を突きつけられた記憶と相まって、銀八の心胆を寒からしめるのだ。
だからこそ真悟を焚き付け、栄次朗に一泡吹かせよう目論見が外れても、不満を表に出せない銀八なのだった。
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