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遠まきに見る誰もが狂犬を間近に手をこまねく以外如何ともし難い己れの不甲斐なさに自失していた。
陽は真上にあって、息を呑むこの無慈悲を囲繞する彼らの影を消していた。
依然倒れたままのお紺は、胸の内が冷たくなるのを感じていた。傍で見ていれば、きっと青い顔をしていたに違いない。
お紺は、そろそろと立ち上がった。
そして、汚れた前裾を乱暴にはたき、決然とした面持ちで犬へ一歩々々近づく。
群衆から「何をするつもりだ? おい……やめろ!」と声が飛んだが、お紺は構わず歩を進めた。
空っ風が音をたてて砂塵を巻き上げている。
犬がお紺に気づき、彼女へ向き直って、幼女を口から離した。
お紺が近づくに連れ、犬の目付きが徐々に鋭くなっていく。
更に二間半ほどにも近寄った時、犬が一つ吠えた。
その途端、「ヒッ」と身を縮ませたお紺は、凍ったようにそれ以上どうにも進むことができなくなってしまった。
自分の意思は、前へと向いているにもかかわらず、身体が何としても拒むのだ。
お紺は天を仰ぎ、今度は己へ向けて「畜生!!」と、罵った。
と、そのお紺の横を抜き、大股で狂犬に近づく男を彼女は目にし、犬の寸前で立ち止まり、束の間なに事かを呟くのを耳にした。
次の瞬間閃光が走り、屈強な犬の頭が二つに割れ、そのまま前のめりに突っ伏した。
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