─お紺─

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そこに自身番所から二名がようやく駆けつけてきた。 彼らは犬の死骸の様に先ず目を奪われ、内心の衝撃を隠し切れぬまま、地面にへばっている男、そしてその側で未だ片手に刀を下げた若者とを見比べ、しばらく形容し難い顔をしていたが、とりあえずまともに話しのできそうな侍に、「お武家様、いったいこれはどのような仕儀でございますか?」と二人揃って侍の顔を恐る々々見上げた。 「……わしは春日鼎というものだが、そこな男が余りに人も無げな振舞いに義憤を覚え、少々手荒な真似をした。それだけのことだ」 鼎は顔色も変えず、刀を鞘に収め、興を無くした顔でそっぽを向いた。 「あの犬は春日様が?」 二人のうち茂兵衛と名乗る年長の方が鼎に尋ねた。 「うむ、やむを得ずな」 鼎は犬の骸に一瞥をくれ、再度番人に視線を戻した。 「人命の為だ」 二人の番人が鼎の言に顔を見合せ、戸惑いの色を浮かべながら躊躇いがちに「春日様、ご存知の通りご公儀から犬猫のお触れが出ております。恐縮ではございますが、役儀により取り調べねばなりません」と、苦しげに、そう口にする。 「当然であろうな。無論わしに(いな)はない」 その答えに思わず心底から安堵した顔を見せる番人達。 「ありがとうございます。では我々とご同行下さい」 「承知した。で、こやつはいかが致す所存か?」 鼎は、腰を抜かし、未だ地面にへばったままの若旦那を目線で示した。
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