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「あの……」
そこにその身なりから物売りと判る男が割って入った。
「何だ、お前は?」
「へい、あっしはこの近辺で魚を商っておりやす栄次郎と申しやす」
「その栄次郎が何の用か?」
「……あっしは事の始めから見ておりやした。……そのお侍さんはちっとも悪くねぇ、悪いのは、悪いのはそこに転がってる罰当たりでさぁ」
「これっ、もっと判るように話しなさい」
もう一人、若い方の番人、庄蔵と名乗った男がたしなめた。
「もし……」
そこに又、女が声を掛けた。
「お前は?」
「はい。わたしはお紺と申します」
「それで?」
「そちらのお武家様にあやうく命を救われました」
「なに! どういうことか?」
そうなると番人の興味は女に移り、栄次郎は面白くない。
「お紺さんとやら、こっちが先口なんだがな」
栄次郎は番人の肩口から唇を尖らせた顔を覗かせる。
「あら、それはおかしいわねぇ」
「何が」
「だって、女の子が犬に襲われているっていうのに野次馬をきめこんで……、冷たいったらありゃしない」
確かにそれを言われれば、返す言葉もない栄次郎なのである。少なくとも、お紺の勇気を目の当たりにしていながら、その場から一歩だに動けずにいた。
いわば、お紺は当事者の一人といえるのだ。栄次郎はあくまで傍観者に過ぎない。
「わかったよ、お紺さん。あっしの出る幕じゃなかったな」
「おじさん、ごめんなさいね。あたしも言い過ぎました」
ペコリと頭を下げるお紺に、栄次郎も笑顔を返した。
「しかし、お紺さん。あんた本当に度胸があるねぇ。おりゃあえらく感心しちまった」
「女だてらにって言いたいんでしょ?」
「こらっ、お前らいい加減にしないか」
庄蔵が苦い顔で叱った。
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