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「……相沢さん。これ、今日中にまとめて、先生に提出しておいてね」
―理知的でテキパキとした口調。全くと言っていい程に、温度の感じられない声。
彼……藤宮雪の声に、梨歩はびくっ、と肩を震わせた。
彼女が恐る恐る顔を上げると、いつも通り、綺麗という言葉が似合うのに、何故か冷たい印象のする彼の顔が真正面にある。
精一杯の距離を取りつつ、やっぱりこの人は苦手だと、梨歩は内心泣きそうな気分でぼやいた。
しかし話し掛けられているのに返事をしない訳にもいかないので、いかにもオドオドと、まるで『取って食われる!』と怯えている草食動物のような様子でぎこちなく答える。
「……は、はい……分かりました……」
しかし雪はその返事に何故か不機嫌そうに眉根を寄せると、再び口を開いた。
「……君、もっとはっきり喋れないの?いつもオドオドしてて……正直欝陶しいんだけどね」
…………言っている本人は別に悪気は無いのだろう(と思いたい)が、そのキッパリと容赦の無い言葉は、鋭い一撃となって胸をぐさりと刺した。
……それがいつもの彼、『藤宮雪』ではあるのだけれど。
そんな雪に周りの温度まで下がるような冷たい目で睨まれて、梨歩は本当に泣きそうになっていた。涙が落ちる寸前だったけれど、こんなところで泣く訳にもいかない。
……泣こうものなら、彼の更なる毒舌が待っているに違いないのだから。
「…………すっ、すみません!!」
謝ると同時に、梨歩は猫から逃げるネズミのように、全力疾走で教室を逃げ出した。走り去った後には渡せなかったプリントの束を持ったままの雪が残される。
誰にも分からないような小さな溜息をついてから、彼は梨歩の机にそれを置くと、何事も無かったかのように自分の席に戻った。
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