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《ナミ》
…………
雲一つ無い始業式日和だというのに、車の助手席から見る桜並木は、既に盛大に花びらの雨を降らせている。
「もったいない……」
あたしは無意識で声に出し、窓を勢いよく開け、セーラー服の袖口まで片手を差し出していた。
開いた隙間から桜の雨が次々に降り込んで、あたしの細く長い髪を、紺地の制服を、なぶる。
たちまち車内は桜並木の下と同様、薄紅の花びらが舞う。
「あっ、大下さん! ごめんな……」
運転席の父の秘書の秘書である大下さんに向け、慌てるあたしの声にかぶさって
「いいじゃない!
ナミちゃん、素敵よー」
後部座席から涼やかな声が広がった。
あたしは後ろを振り返る。
(夕子姉、綺麗……)
妹のあたしが見惚れるほど、五つ年上の夕子姉さんは美しかった。
窓越しの朝の光に透ける、ふわふわの薄い色の髪。
精一杯広げて花びらを受け取ろうとする、華奢な腕。
抜けるように白い肌は、春の珍事に高揚して花びら色に染まり、黒目がちの瞳は潤んでいる。
ころころと笑い声を立てるその姿に
(嗚呼、アンティークのオルゴール人形みたい……)
あたしはため息をつく。
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