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《光也》
…………
――眠ってる間に、キスぐらいすりゃあ良かった。
杏香が勢いよく閉めた扉を、光也は忌々しげに睨んだ。床に散らばった幼馴染みの部屋着を、ベットの上から片足で拾い上げる。ピンク色の下着だけがやけに生々しく、朝の光に晒されている。
「くそっ」
光也は全てをくしゃくしゃに丸めると、子供部屋の隅に放り投げた。
――爽やかな一学期の始まりだ! 全く!
軽く嘆息し、諦めたように杏香のベットから這い出す。丸まった服を拾って同じフロアの洗面所へ行き、脱衣籠に放り込む。
慣れた他人の家。杏香のフローラルの洗顔料を勝手に使い、入念に髪を直し、階下へと軽快に降りていく。
「光くん、おはよう。夜中にゲームの電源切っておいたわよ。光くんは朝ご飯食べていってね。もう杏香ったら、遅刻でもないのに飛び出していくんだから。あ、始業式は半日でしょ? 光くん、お昼ご飯もうちで食べ……」
「杏母さん、おはようございます。いただきます」
杏香の母の流れるトークに、光也は何とか口を挟む。
日の差し込むキッチン。テーブル越しの窓から、光也父子の住むマンションが見える。不必要な程ピカピカで白々しい『家族』の器。
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