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――この家はいつ来たって、味噌汁の匂いがする。
ふんわり溶ける卵焼きを、光也は一口で頬張った。杏香の母のお喋りは勝手に続いている。
「……ミートソースあるからビザ生地こねちゃおうかしら? それとも光く……」
「飯、余ってますか?」
光也が一方的な会話を遮る。
「ご飯? 炒飯するには足りな……」
「いや、杏香、朝飯食ってないから、おにぎりでも持ってこうかと」
杏香の母は子供のような笑い声をたてる。笑うと、杏香が母似だと良くわかる。より背が低く体も丸い、将来の杏香の姿。
「あはは! 気が利き過ぎ! 光くん、早くうちにお婿さんに来てね! パパの会社も安泰だから!」
「まあ……」
――それは、あなたの娘次第なんだがな。
お茶と一緒に、光也は言葉を飲み込んだ。
「えっと、梅干ししかないわね……今朝、鮭にすれば良かったわねえ」
「鰹節あります? 制服に着替えたら、俺が握りますから」
朝ご飯の礼を言い、光也は席を立つ。
詰め襟の袖をまくり、おにぎりを作る光也。その背に、杏香の母はこっそり涙ぐむ。幼稚園時代の息子しか知らぬ母親、光くんママを想って。この優しい姿を見せたかった、と。
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