鈍色

32/36
4752人が本棚に入れています
本棚に追加
/473ページ
「?」 俺の返事に、独り言のように何か呟いたのが聞えた。 布団を片付け終えた俺はくるっと体を半回転させた。 壱花ちゃん兄は自分で開けた障子に持たれかかるようにして立っている。 明らかに・・・さっきまでの表情と違う。 「・・・会うのは初めてですけど・・・噂は色々聞いてますよ?会長サン?」 「・・・へぇ~。それは“どっち”の?」 兄の変わり様に、特に驚くことなくこちらも笑って返す。 「もちろん“黒い”方の」 俺の質問にニコっと笑って答える兄。もちろんさっきまでの純粋無垢な笑顔での『ニコ』ではない。 「おかしいなぁ。学校では“品行方正、非の打ち所のない優等生”で通ってるんだけどな、イチオウ」 「実は今日、あなたをここまで運んでくる時に家の前で近所の田中さんが飼い犬のポン太と散歩してるところに出くわしたんですけどね、普段大人しいポン太がほえたんですよね、あなたを見て。動物って人間には見えないものを感じることができるって言うし・・・きっと何か感じたんじゃないかな?隠しても隠しきれない・・・滲み出る邪悪なものが」 「へぇ~犬って案外賢いんだ。だけど・・・お兄さんはそうじゃないみたいですね?遠回しすぎて何を言いたいのかさっぱりわからない」 「ああ、すいません。でもまだ本題に入ってないんですが?」 「ああ、それは失礼。どうもせっかちな性格なもので」 「へぇ~だから壱花にも手を出すのが速かったのか」 「あれ?それが本題ですか?」 「いえ?まだ序章ですが?」 「・・・・」 「・・・・」 今のこの空気を言葉で説明するように要求された場合・・・ そうだな、シャーと口を開いて気持ち悪い舌を丸見えにしてる大蛇と、 同じくシャーと、だけどこっちは獣らしい唸り方で鋭い牙をむき出しにする虎が お互いを睨み詰めて今にも飛びかかろうとしてる状態、ってとこかな。
/473ページ

最初のコメントを投稿しよう!