光と共に。

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「あら?」  夜の帳を潜り抜けてまだ薄暗い港町。いつもならばとっくに早起きな漁師達が、威勢のいい掛け声をとばしながら獲物を網に掛ける算段を練り終えて、大海原へと駆り出して行くのだが、今日に限ってはやけに静かだった。海猫の声すら耳に届かない。そんな静まりかえった夜明けの町のたいして高くもない建物の屋上に、艶がかかった女の声が闇とまとわりつくかのように響く。 「また詩を詠っていたのね」  ありきたりな占い師をイメージさせる、こちらも彼と同じ黒いドレスにヴェールを身にまとう女は、カツン、カツンとハイヒールの音をたてながら、紅く艶めく唇からはタバコの白い煙を燻らせている。 「何を詠っていたの?あなたのことだからまたDirgeやRequiem(*)の類いなんでしょう?」 *DirgeやRequiem………ここでは死者への哀歌、鎮魂歌程度の意味と汲み取ってもらいたい。
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