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 ここは、人が住まう所ではないと卑下された街。  通称・スラム街。  窃盗、恐喝、スリ、空き巣。何でもありの、犯罪の溢れた街。    そして、その中で最も多いものが、殺人(ころし)である。     『スラム街に横たわる死体! 殺害された被害者は政治家の』  空虚な声音が、山と詰まれた産業廃棄物の中から響き、虚しく木霊する。  捨てられてはいても未だ配線は繋がっているのか、やや乱れたコンピューター画面に映し出されたアナウンサーらしき人は、原稿を一瞥しながら報告を続ける。 『二年前から、似たような手口の犯行が既に900件以上起こっておりますが、依然犯人は捕まらないまま。警察も捜査網を張り巡らせている模様ですが、犯人の顔さえ分かっていないというのが現状です』  冴え渡る闇。それに乗じて動く者たちは、その利用法をよく知っていたのだ。 『ただ、犯人の名前だけはようやく公開されたようです。その犯人の名前は』  そこで、コンピューターは配線が切れてしまったのか、鈍い音を立てて画像を消し去ってしまった。  闇にうごめく人間たちの叫びが、今日も深い夜の闇に木霊する。      深く淀んだ大気の中の、滞った闇。この辺り一帯のスラム街を覆う、巨大なホールのようだ。暗い夜空に浮かびあがる月明かりだけが、ぼんやりとした光を地に落としている。  氷のように鋭い冷たさを含んだ風が、人通りのない路地に吹き、そうして溶けていった。  帳の降りるこの時間帯に、外を歩き回る人などいない。その危険性を、彼らが理解しているからである。何が起こるか分からない、そのスラム街では。  淡い月の光に彩られる、絹糸のような銀糸。闇の中で尚、それは輝きを失わない。僅かな光に反射し、異質で硬質な色の片鱗を見せる、燃え盛る炎を映し取った瞳。無駄のない、すらりと伸びた肢体。それは、青年と呼ぶにふさわしく。  だが、その足元にあるものは、彼の美しさを全て否定していた。  青年の足元にあったのは。
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