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この街には死体がない場所などほとんどなく、皆がそれに慣れてしまっているように、癒那も白鬼の足下に転がるモノには目も向けようともせず、にこりと笑う。
空気中に漂う血の臭いを消し去るかのように、ふわりと風が流れて、二人の銀糸を静かに揺らした。
「癒那、だよ。覚えてる?」
癒那はそう言って静かに微笑んだ。
深い深い空の色。
邪気のかけらすらないその笑みに視線を据え、白鬼はうっすらと唇を開いた。
「覚えて、る」
「うん」
さらに嬉しそうに微笑んだ癒那は、ふ、と何かに気付いたように白鬼の顔を覗き込み、そうして可愛らしく小首を傾げた。
「ねぇ、どうしたの? 疲れてるの?」
「……」
途端、瞳が影を宿したまま大きくゆらりと揺れた。
しかし、表情を変わらない。
揺れ動くのは、その瞳の中の影だけ。それすらもほんの些細なもので、普通に見ていれば気が付かない程度のものだ。
だが、癒那は人指し指を口元に当て、白鬼の顔を覗き込みながらさらに首を傾げた。
揺れ動く影を見つめたまま。
「当たり?」
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