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「た……助けてくれ……っ!」  狂ったように何度も繰り返される、哀願の言葉。しかし、それが聞き届けられることは決してない。昔も今も、そしてこれからも。  一瞬たりとも躊躇を見せないその瞳に、男は脅えた声で再び命乞いをする。だが、やはりそれは聞き届けられず、空気が震える音がしたかと思ったその瞬間には、もう既に男の命はなかった。  ゆらりと、力をなくした死体が自分の方に倒れ込んでくるのを見つめながら、青年・白鬼は、手首を過ぎる程に深く深く男の体を刺し貫いていた自分の腕とナイフを引き抜き、そこから溢れて広がる血溜まりに視線を落とす。闇を抱いた炎色の瞳を。 「汚い世界だ……」  脆弱で、今にも壊れそうな台詞をこぼした唇は、それだけを静かに宙に解き放つと、再び静寂を纏った。  静寂を取り戻した闇の中、唐突に血溜まりに両手を浸し、服の裾を淀んだ紅に染めていくそれを正視する。  やがて、たっぷり血液を含んで服が重くなった頃、白鬼はようやく腕をあげた。  吸いきれなかった液体が滴る腕を見つめ、己の腕ごと鮮血を抱きとめるよう、倒れるように鮮血の中へと横たわる。銀糸が血を吸い取り、淀んだ色へと変色していく。濡れ、汚される白銀。  体中に血の臭いが染み付き、色さえもそれを反映するほどに汚れた頃になり、白鬼はようやく体を起こした。  空と地の境で、白んだ光が徐々に差し込んでくるのを確認し、ゆっくりと身を翻す。しかし、路地から出るために向いたその方向で見つけた影に、白鬼はそのまま息を止めてしまった。 「な……に……?」  そのまま、時が凍りつく。
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