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アクセサリーショップを出て鞄屋の手前に差し掛かった所で男が立ち止まる。 『どうしたの?中に入りましょう』 女が手を取るとそれをはたいて男はこう言った 「もう鞄はいいんだ」 予想だにしない言葉。 あの鞄を愛してやまない男がもう鞄はいいんだなど。女は驚き 『何故?あなた今日だって違う鞄だし、私より鞄を見ている事の方が多いわ。それになんでまた急に…』 「残念な話なんだがもう買いたいような鞄と言うのが見辺らないんだ…」 無理もない話である。鞄を毎日変えて365。男はそんな数字をとっくに越えた数の寄り取り見取りの鞄をもっているのだから。 男が求める鞄はもはやなかった。 男がその主旨を伝えると女は 『そう…、鞄に嫉妬したときもあったけれど、あなたがそうなったらなったで寂しいわ…』 少し悲しい顔をしてそう言った。 「僕も寂しいよ。今日から見るのをやめようか、ずっと考えていたんだ。でも決めたんだ。だから今日は少し早めだが帰ろうか」 『えぇ、そうね。あなたがそう言うなら。』 帰り道を歩いていると、見慣れぬ店があった。 ―鞄のオーダーメイド承ります― “幸“ 「幸?こんな店があったか」 『いえ、私は見たことはないけれど…』 「鞄をオーダーメイドで作って貰えるのか」 男は妙にわくわくした。 売っているもので欲しい鞄がないのならば、作れば求める鞄が出来るんじゃないか。 そんな所に盲点があっただなんて。 女は男を見て言う 『入るだけ入ってみましょうよ』 「ああ」 小洒落たドアノブを回し中に入ると、中はやたらと狭く、棚には見慣れない鞄ばかりが飾ってある。 奥を見るとメガネをかけている綺麗な白髪の老人が座っていた。 男は訪ねた 「もしもし、主人がこの店の主かね?」 老人が答えた 『その通りでございます。ようこそ幸へ。本日はご予約でしょうか?』 「それはまだ分からない。僕は鞄が大好きであって鞄が生き甲斐のようなものだから、ここがそんな僕の欲を満たしてくれるようなら予約をする」 『それはそれは…、そんな方に認めて貰えるかどうか…』 「自信はないのか」 『いえ、こういう仕事をしている以上自信は必要不可欠でございます』 「ふむ、良い心がけだな」 男は更に気が高まった。
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