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私は実家に帰った。
父母、妹は私と息子を受け入れてくれた。
ホッとしたのはその日の夜だけだった。
日付がまた変わる頃、襲ってくる強い不安…。
夫からは
「よっくん」
と息子の愛称だけが書かれたメールが送られてきた。
これからどうしよう?
初めて激情に流されて思い切った行動に出たものの、私の中にはまだ夫への愛情が強く残っていた。
思い出すのはいいところばかり。
激昂しなければ夫は家庭的なひとではあった。
家事、子育てを常に積極的にやってくれ、身体が丈夫ではない私を気遣ってくれた。
家族三人でよく出掛けもした。息子への互いの愛情がその日々に優しい色を添える。それは細やかな尊い幸せの時であったのだと今ならわかる。
戻りたい。
夫が変わってくれるならやはり家族を守りたい。
私はそれから一週間、夫に電話やメールをして何とか連絡を取ろうとした。
夫は電話には出ず、メールには返信はなかった。
両親は夫が謝りに来るまで放っておけと言った。
でも私は次の土曜日に荷物を背負い、息子をベビーカーに乗せ、家に向かった。
夫に会いたかった。
会って、話し合って、家族としてやり直そう、そう思った。
夫に留守電とメールで帰る旨を知らせた。
無論、返事はない。
それでも私は夫を信じた、待っていてくれると…。
横浜から池袋まで近いようで案外遠い。でも不安な時間は想像よりも短く感じられた。不安過ぎて不安に押し潰されそうで他に何も考えられなかった。
息子が眠ってしまっていて、あやさなくて済んだのは大きな救いだったのかもしれない。
家に逸る心で向かい、ドアノブに手をかける。
閉まっていた。
チャイムを鳴らす。
応答無し。
鍵を開けると中は真っ暗だった。
灯りをつけると、そこはいつもの我が家ではなかった。
脱ぎ捨てられた服が散乱した埃だらけの床、ダイニングテーブルや机には汁さえ捨てていないカップラーメンとコンビニ弁当の空き容器、食べ終わったお菓子の袋が所せましと置かれていた。およそ一週間分の量であろう。
まだ9月の中旬、腐るものは腐り、カビるものはカビていた。
台所、冷蔵庫の中の惨状は言うまでもない。
家全体に異臭が立ち込めていた。
私は息子を揺り椅子にくくりつけ、カーテンと窓を開け、空気を入れ替え家中を見て回った。
夫はどこにもいなかった。
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