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きっと、今夜は曇っているからだろうと思った。
「お嬢様」
僕は優しい声色で言った。
「月が綺麗ですよ」
僕は、月の出ていない空を指した。
「月なんか出ていないわ……」
彼女の声は鼻声っぽく、熱く鼓膜を揺らすようだった。
「けれど今夜は風が強い。じきに雲は流れ、美しい月が顔を見せます」
僕は、くるりと半回転して、彼女と視線を合わせた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔に優しく微笑い(わらい)かけ、最後にこう付け足した。
「貴女の僕への気持ちも、いつかは流れて風化していくでしょう。どうか、振り落とされてしまいそうな雨雲はおやめください。輝く優しい月を見つけてください」
「なにをっ……」
「お嬢様」
「…………」
「さようなら。幸せは祈れませんが、どうか、お元気で」
そうして僕は、夜の闇へと流れていった。
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