1章・歪曲した本能

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全くその通りだ。どう考えてもここに来るまでの方が危険である。 鼻先数センチで突きつけられた顔から、煙草の煙を吹きかけられ、拓海はむせてしまう。カウンターに背を向け咳き込む拓海に店員は鼻を鳴らして、短くなった煙草を灰皿に押しつけて揉み消すと、拓海に向かって手だけで帰れと示した。 拓海にすれば、ここまで来てただで帰れるものかとの意地がある。拓海は歯を食いしばって店員を睨みつけた。 なんとしてでも自分の目的にはその道具が必要なのだ。しかし理性は彼を止める。それを口にしてしまえば、もう普通の生活に戻ることはないだろうと、拓海自身が解っていたからだ。 もう一度、目を閉じて自分はどうすべかなのか考えてみるが、浮かんでくるのは男達の文章、丸裸で緊縛された少女、裸体で震える少女に手を伸ばしているのは、紛れもなく自分だった。 そこで拓海の中の理性は焼き切れてしまい、淫らで卑しい笑みに伴い、汚い笑い声が店内にこぼれているのが、自分の耳に届き彼は我に返った。 店員は驚きを通り越して、呆れ顔で苦笑を漏らしている。今ならまだ間に合う。本当の理由を述べれば、必要な道具を売ってくれるかもしれない。 拓海は覚悟を決めて、自らを一言で主張した。 「…誘拐だ」 にやりと歪んだ顔の拓海を見て、店員は口笛を吹き鳴らしメモ容姿を手に商売に戻った。
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