1章・歪曲した本能

8/20
前へ
/93ページ
次へ
その後も、理想を求め様々な場所を散策し続けたが、一向に理想像が見つかる気配はなく、そう甘くはないのだと自らを慰める。しかし表情は翳り落胆の色を露わにして、重い足取りで裏通りの方へと足を向けた。 裏通りに向かうのは帰路という理由だけでなく、借り物のブラウスを返すためでもある。 本日2度目となる薬局の扉を開くと、最初と変わらぬ鐘の音に迎え入れられた。 店内の暗い照明の中、店員の他に客らしき男達が3人、カウンターの側に立っている。 1番出入口に近い男は、整髪料で天を突く様に固められた黒髪、黒一色で統一されたカジュアルな服装で、どこか表情に翳りを感じさせる冷たく尖った顔付き。店内だというのに平然と煙草をふかしている。 その隣に短めでウェーブのかかった茶髪。顔は若者特有のだらだらとしまりがなく、目元の泣き黒子が艶やかだ。 服装は赤いタンクトップにアーミーパンツ、更に足下は夏だというのに重々しいブーツを履き、まるで軍隊員の様な格好をしていた。 更にその奥、ひっそりと壁際に姿勢よく立つ男は、薄暗い中でも一際人の目を引く美男であった。スッキリと通った鼻筋、横一文字に縛られた薄い唇、鋭い眼光。どれもが見事なまでのバランスをとっていた。 しかし、更に目を引くのは夏場にロングコートを羽織っている事だ。 来客を告げる鐘の音に反応して振り返った店員は、拓海の姿を確認すると、手招きして彼をカウンターまで呼び寄せた。 「どうだった、誘拐犯予備軍」 拓海が誰も連れていないのを見て、店員はにやけた顔でからかう。それにムッと腹を立てた拓海は、レジカウンターに拳を落として店員を睨みつけた。 すぐ側に立つ3人の客の反応は、口笛を吹いてはやし立てたり、拓海の行動に嫌悪感を見たり、とそれぞれ。ただ1人だけ全く微動だにせぬ男は、変わらず、煙草を吸い続けている。 濛々と薫りを放ち立ち昇る白煙の中、拓海に視線を向けているだけ。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加