序章・生死の分かれ目

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蝉の鳴き声、 誇らしげに天空から地上を沸騰させる太陽、 熱されたコンクリートの地面から立ち上る陽炎…… 人々は昨日も今日も、 全身汗に塗れながら自らの為すべき事を作業的に、義務的に行い続けている。 そんな街を海に例えるなら、穏やかな顔をして船乗り達を待ち構えては、時化を起こして乗組員達を深く深く飲み込み、己が一部へと組み込んではまた新たな波を起こす。 いつしかその波は波でなくなり、怨念めいた渦を巻き、更には大きな壁へと姿を変えて、立ち向かう人々を飲み込む。 それでも、人々が様々な悲劇をも乗り越え、奮起し、幾度となく脅威に刃向かい続けるのは何故なのか。 きっとそれは、そうしなければ自分が生きているという事実を認識出来ないからだ。生きる証を欲し、自らが滅びる瞬間まで自然の摂理に逆らい、それにより得られる己の存在を誇りに持ち、主張する事で他人へと見せつけ、最後には自己満足という形で幸福と証明を得て逝くのだろう。 では、逃げた者達はどうなるのか。 脅威に対しひたすら背を向け、人々が奮起する姿を遠くから眺めているだけで己の生命にのみ固執し、他人へ自らを主張しない者達は………。 きっと彼らは死んでいるのだ。自覚があれば、まだ生きる希望が見える。自らを奮い立たせることが出来るはずだ。 しかし自覚がなければ、希望も何もない。そこに意志がないからだ。だかそれでも、誰かがそんな死人に自覚させることは出来る。微かでも他人の手によって希望を持たせることが出来る。 最も問題なのは、諦めてしまった者だ。 諦めるとは欲さず、何も求めないということだ。 だから……俺はきっと        「いない」                のだ。
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