2章…Triangle

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「いいよ」 昨夜のあの慈愛に満ちた囁きは、確実に拓海の身体を支配した。 たった一言。 それだけ。 それが期待を裏切られた衝撃と、男に組み敷かれながらも動じず、平然と笑っている結から発せられた言葉。 この一言は、魔法同様の効果を拓海にもたらした。 「いいよ。ここに置いてくれるんなら、それ位安いよ」 そう言ってはにかむ。 その顔に、ぽたり、と滴が降ってきた。 滴の元は拓海の歪んだ顔からだった。 彼は思いがけず涙を流していた。 あまりの事態に、結は大きな瞳を更に大きく丸くさせ、拓海を見る。 「……ぅっ…っ」 拓海自身も驚き、涙を止めようと顔をあげ歯を食いしばったが、効果はなく、歪みを更に増しただけだ。 止めどなく溢れる滴は、結の身体を濡らし続ける。 結は、流石に戸惑いを隠せない。 声をかけようにも、どんな言葉をかければ涙が止まるのか。 目の前で大人が泣くのを見たことがない結は、それを知らない。 いや、きっと何を言っても無駄なのだ。 拓海の涙は、自身の悔しさと、初めて触れる他人の愛情のため。 慰めの言葉をかければかける程、彼の涙は量を増し溢れるのだ。 拓海とて、涙を流したことはある。 ただ、そんな気持ちで泣くのは初めてだった。 しかも、その相手が自分より年下だというのがまた情けない。 それがまた涙となって体外へ溢れる。 拓海は泣き顔を見つめる結から逃げるように、彼女の胸に顔を埋めた。 小さな身体の上、必死で声を殺し、泣く。 手首を握る拓海の力が緩んだのを感じ、結は自分の胸で泣く拓海の頭を優しく抱いた。 子供を愛でるように、何度も何度も、繰り返し頭を撫でる。 拓海の髪は少し固く、やや尖った毛先を指先で解かす。 そんな結の行為に、拓海は我慢の限界を迎えた。 雑音でしかなくなったテレビの音声が流れる部屋の中。 拓海は遂に声を上げて泣き出す。 そんな拓海を慰め、抱きながら結はいつしか眠りに落ちていった。 拓海はその後も泣き続け、ようやく泣き止んだ頃に、結から規則的な吐息が漏れるのに気付く。 目を真っ赤に腫らした拓海は、結をベッドに寝かせ、干してあったタオルケットを被せた。 今日からはベッドで眠れないな。 拓海は寝具の占有権を新たに加わった同居人に譲り渡した。 「……よろしく」 無邪気な寝顔に一言そう投げ、自分は床で眠りについた。
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