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その反動が登校中の今、痛みとなって襲いかかっている。
カーペットも敷いていない板間で寝るのは自殺行為だった。
乗客の少ない電車の中でしばし反省する。
いつもの時間なら、満員の電車に苦痛を感じながら、耐えなければならない。
当然、乗客全てがそうだが。
空席ばかりの車内で優雅な時間に感動しつつ、遅刻も悪くないと思う。
駅に着き、大通に面す自らの籍を置いている大学に着いた。
丁度、休憩時間なのか、ちらほらと大学生達を敷地内に見かける。
周りに興味なく、校舎に入ろうと歩いていると、校舎から、飼い主を見つけた犬の様にあづみが駈けてきた。
「どうしたの?こんな時間に来るなんて」
遅刻するなら、行かないという中学生の様な言い分を拓海から、タコが出来るほどに聴かされていたあづみは、心底驚いていた表情で目の前に立った。
「気分だよ。それよりお前もよく気付いたな」
「窓から拓海の姿が見えたから」
窓…拓海は大学の門がどの位置からなら見えるのか上を見あげる。
確かに門の正面とも言える位置に窓の開け放たれた部屋がある。
そこは、拓海達が共に講義を受ける部屋に間違いない。
あれは、あづみとの出逢いの部屋でもあった。
「拓海くんって言うんだ」
講義の間、ずっと隣から話しかけてくる女子にうんざりとしていた。
拓海は返事も適当に黒板に描かれる図や式を書き写していた。
隣の彼女も黒板に新たな文字が書き加えられると、右手でしっかりノートをとっている。
だが、器用にその間も彼女の口は止まらない。
「わたし、あづみ。リピートして」
「わたし、あづみ」
「それはわたし」
「実はかかし」
「違あうっ」
大声をあげるあづみに講師を含め全員の視線が集中する。
すいませんっ。とあずみが謝ると、講師はイラッとした顔でまた講義に戻った。
あづみは、拓海の下手くそなリリックに不満を小声で漏らす。
それが耳に届いた拓海は目の色を変えて、反論した。
「ヒップホップを嘗めるな」
「どっちかっていうと拓海くんの方が馬鹿にしてるよね」
当然、拓海の心にヒップホップ魂など砂の一粒すらない。
怒らせれば黙るだろうと考えた結果だ。
結局、これが縁で2人の仲は発展して今に至る。
当時はこんな事になるなど、思いもしなかった。
よくよく考えると、拓海はこの時も、自分の計画は上手くいかなかったのか。と、1人苦笑した。
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