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人通りの多い場所に面す位置に拓海は少々不服であったが、文句ひとつ垂れずに他愛のない会話をしながら一休みした。
その時間が有意義なものとは感じないが、それでも無視は良くない。
休息にはならない休息をそうして過ごす。
やがて、太陽が沈み始める時間。
あづみはやけに神妙な面持ちで口を開いた。
「今日、拓海ん家行っていい?」
「え…」
拓海はあづみの言葉に思いがけず動揺した。
現在、拓海の家には居候の結がいる。
いくら子供とは言え、見知らぬ女が恋人の家に居座っているのは、放任主義なあづみですら気分が悪い。
しかも結の事だ。
暑いから。という理由から、一糸纏わぬあられもない姿でいる可能性も否定できない。
拓海は大した言い訳も考えつかず、もごもごと奥歯に物の詰まった言い方で言葉を濁す。
「いや今日は…」
今日だけと言わず、出来るならこの先も来て欲しくはない。
適当な言い訳でも、あづみならば引き下がるだろう。
拓海はそう践んだ。
そこで作り笑顔でも浮かべてやれば、なお確実のこと。
拓海は、取り繕う様に笑顔を向け、両手を合わせて謝ってみせた。
しかし、今日のあづみは拓海の描きあげたシナリオ通りに動く事をせず、変わらぬ表情で拓海を見つめていた。
「どうして?」
おかしい…
あづみは基本的に積極的な女ではない。
それが今、自分の心を見透かさんと真っ直ぐ見つめている。
あづみの視線、発する声、拓海はその両方に何処か薄ら寒いものを感じ、目を反らした。
「どうしてって……今、散らかってるんだ」
拓海は我ながら、下手な嘘だと思った。
これまでの人生において数え切れぬ程に吐いてきた嘘の中、史上最低の出来映えだ。
何度も自室に踏み込んだことのあるあづみは、如何に拓海の部屋に散らかる程に物が無いことを知っている。
しまった、と顔を歪める間もなく、背中からピシャリとした声が放たれた。
「嘘」
当然の事一瞬にして、バレてしまう。
認めるのは簡単だ。
だが、認めて事態が良くなるはずがない。
嘘は最後まで突き通す。
「嘘じゃ…っ」
そう反論しようとする瞬間、両手で顔を挟みこまれた。
そのまま力任せに顔をあづみの方に向けられ、無理矢理に目を合わせられる。
拓海は直感的に目を合わせていてはダメだと思ったが、意外な行動にすっかり萎縮硬直してしまい、あづみの手を振り払うことは出来なかった。
「ねぇ拓海、何を隠してるの?」
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