2章…Triangle

7/14

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/93ページ
「ッ……」 拓海は全身の血が急激に熱を失っていくのを初めて感じた。 全ての音が遠く、街中を流れる人間の姿などは幻であるかのように、拓海の世界に唯一存在を許されたあづみの声が何度も脳を揺らす。 2人の間にのみ訪れた静寂は、時間という概念すらもを失わせ、どちらかが、言葉を発し静寂を途切れさせる瞬間まで、時間の流れは復活する事はないだろう。 拓海は今までのどんな時よりも脳の回転数をあげて、考えた。 所詮は2択問題。 最後まで拒絶するか、自分が折れて家へ招き入れるか。 どちらにせよ希望を見いだすためには、拓海が覚悟を決める以外ない。 じっと刺すような視線で見据えるあづみ。 この視線が意味する所は何なのか。拓海にはやはり解らない。 あづみはただ拓海を正面に見据え、沈黙を破り答えを告げられるのを待つ。 あづみは、拓海が嫌だというならそれでもよかった。 でも隠し事をされるのは気分が良くない。 だから引き下がる事をしない。 それと同時に、拓海が逃げに走らせないためでもあった。 拓海は都合が悪くなると、必ず今のように視線を反らして逃げる。 それは癖と同じで矯正する誰かが居なければ、いつでもしてしまう。 拓海は、人生の半分以上を惰性、成り行き…そうやって逃げてきた。 それをあづみは知っている。 だから拓海が自ら考え、導き出した答えを口にさせる事が重要なのだと、視線を合わせている。 すると拓海の目の色が少し凛々しい輝きを放った。遂に選択したのだ。 「……来ていい」 今日のあづみは、どうにも折れそうにない。 そう感じた拓海は家に入れることを決意した。 結には、電話で服を着ておくように後で指示を出しておくことにした。 「やったぁ」 拓海の顔から手を離し、両腕を空にかざして笑顔であづみが喜ぶと、街中の雑踏、喧騒、夕暮れの日差し、蝉の鳴き声……その全てが色を得て拓海の前に復活した。 あづみに気付かれぬよう、呆れた顔を作って安堵の溜め息を漏らす。 あづみの喜びは、了承が下りた事にもあるが、大部分が拓海が自ら道を切り開いた事にあった。 若干流され気味の答えだったが、覚悟した瞳は何か考えがあっての事だ。 あづみは拓海の成長を喜ぶ。 それを知らない拓海は結へ連絡を取る為、機嫌の良くなったあづみと席を立ち、さっきのスーパーにトイレがあった事を思い出すと、2人で舞い戻っていった。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加