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やがて、あづみが皿に盛り付けた料理を持ってやってきた。
あづみから料理を受け取り、2人は落とさぬよう慎重に床へと置く。
拓海の部屋には、小型のテーブルすらないためだ。
ベッドを定位置とする結も、流石に拓海の寝具をテーブルに使うのは気が引けたか、狭い空間を駆使し、地べたに人数分の料理を配置する。
材料やらの問題と米を切らしていた事により、豪華とはいかないが、美味そうな八宝菜だった。
満遍ない光沢は電灯の光をぴかっと反射させて煌めいている。
全員が部屋に揃い、いただきますを言って八宝菜を口に運んだ。
口の中で野菜達はシャキシャキと活きの良い音を立て、口内いっぱいに甘味を浸透させていく。
拓海も過去に一度作ったことがある。
その時は、野菜はふにゃふにゃと活気を失い、とろみもただの固まりになってしまい、見た目も悪い食品サンプルの様になってしまった。
数少ない料理経験の内のひとつであり、非常に苦い体験だ。
なかなか食べる事のない料理に拓海は非常に満足感を得て、自然と笑顔がこぼれる。
作り手のあづみは拓海が笑顔をこぼしたことで、幸福感に満たされ、ついつい、それを見つめてしまう。
一方、結はというと、空腹を紛らわせた事による満足感だけしか得ることは出来なかった。
別にあづみの料理が不味いわけではない。
むしろ手際の良さや、味付けからも、手慣れているのは解るし、実際に美味い。
だが、彼女は家柄の関係で舌が肥えていた。
結はもともと、裕福な家庭の長女としてこの世に生を受けた人間だった。
テレビに映されるような高級料理店にも食事に出掛けた事もある。
だからこそ、単なる家庭料理の味では満足する事は出来ない。
しかし今は自ら家を捨てて俗世に旅しに来た身。
過去を捨て、行程はどうあれ、この狭い空間に迎え入れられ、落ち着きと幸福。
そして今まで消えつつあった本来の自分自身を取り戻しつつある。
結は内心、あづみにもこの家に棲んでほしいと思っていた。
兄弟のいない結には、今の2人が憧れの存在であった。
こんな2人が、自分の姉弟だったらと。
両親だったらと。
特に後者の方であればいいなと。
結は幼い頃に両親と他界し、その後祖父に引き取られた。
長年の祖父との生活に結は、知らず知らず両親が恋しかったのだと、2人の姿を見て、ようやく気づいた。
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