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その心を読まれてしまった驢はしどろもどろになりながら言った。
「じっ…じゃあ名前ぐらい聞かせてよ!ほら、ここで会ったのも何かの縁っていうじゃない!!」
女は冷たい目でちろりと睨むと、少し考えてから答える。
「…キルー」
「へぇ!キルーっていうんだ!」
「奇妙な名だ」
「ううん!そんなことないよ!」
心からほめられて嬉しくない者はいないだろう。会話は続くと思われた。しかし…
「……」
「…………」
「…………………(まただぁ~)」
再び訪れた痛い沈黙に、驢はいたたまれず立ち上がる。これ以上ここにいたら沈黙に皮膚を削き落とされてしまいそうだったのだ。
「じゃあね。僕は急ぎの旅だから。…あ、名前を教えてくれてありがとう」
きびすを返す驢に、キルーは何も言わなかった。
夜の都会はあちこちに魔法で燃やされる炎が灯って、不思議な色合いになる。
驢は故郷の村でワラを燃やして灯る炎も好きだが、都会の灯りも悪くないと思った。
急ぎの旅をしていたはずの驢は、まだこの町、ヤンにいた。
責めてはいけない。彼は「じゃあね」と言って歩き出した瞬間に思い出したのだ。
――そうだった…僕、道に迷ってたんだっけ…
しかし引き返して「氷鬼」に案内を頼むなんて、絶対にできなかった。
そんなこんなでさんざんさまよい続けて、やっと大通りに出た時にはすでに夜だったのである。
さっき「酒場 ヤンの月」という看板を見たから自分がヤンにいるということが分かったものの、どこで寝泊まりするかなど決めていない。
宿に泊まるお金はあるが、それを払ってしまったら食事ができなくなってしまう。
ウサギや鳥を捕まえる知恵や俊敏性は備わっていても、都会に野生動物がいるわけがない。木の実だって全て鑑賞用だ。
仕方ない。今夜は野宿して、朝に食糧を買うか…。図書館はそれからだな…
おばさんからもらったリンゴはふたつともキルーに食われてしまったので、驢は空腹を抱えて寝ることにした。
野宿用にと老魔導師が持たせてくれた「100分の1圧縮毛布」(魔法で重さと大きさを100分の1にしてあるらしい)を広げると、ぐぐっと伸びて大人がすっぽり覆われるほどになった。
寝るために使えそうな広場も見つけた。
そして、羊を数え始める。うるさく泣きわめく腹をあやすかのように…。
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