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灯りの消えた街路の傍らで、毛布にくるまれた少年がいた。
月もうらやんでいるのか、ふわふわの雲の布団で自らを覆っている。
「あぁ…お腹すいた…」
当然である。持って来た食料は山で盗賊ともみ合った時に、川に落としてしまった。彼はヤンに入ってから一口も食べ物を口にしていない事になるのだ。
「眠れない…」
もう少しで夜が明けちゃうよ…
無理もない。彼は貧しい村で育った。皮下に脂肪、つまりエネルギーはあまり蓄えられていないのだ。すなわち,彼を襲っている空腹は尋常ではないはずである。
うあぁ…本能が僕に「寝てる暇があったらエサ探して来んかい!」と告げているぅ!
驢の心の叫びが聞こえているのかいないのか、突然彼の顔の上に黄緑色の光の玉がふたつ、挑発的にゆらめいた。
黒猫である。
闇色の体毛に包まれていて目を凝らさなければ見えないが、体温を感じる。
驢は追い払う元気がなかったのでそのまま見ていると、
「ミャーオ……ミャーオ…」
ピンク色の歯ぐきをのぞかせて、哀しげに鳴くのだ。
しなやかな尻尾が愁えるようになびくのだ。
なぜだろう。この黄緑色のふたつの粒には、確かに知性を感じる。
この鳴き声には、確かに必死の響きを感じる。
驢が猫を落ち着かせるためになでてやろうとして,つやつやの体毛に手を伸ばす。
猫もされるがままだ。
突然,指に冷たさが走った。
「……濡れている…?」
暗くてよく見えないので分からないが、恐らく水だ。
闇の塊に浮かぶ玉は驢をじっと見つめた。そう、何かを乞うように。
「お前の子猫が、ドブにでも落ちたのか?」
猫は彼の問いに一言呟くかのように鳴くと、驢の服の袖を引き始めた。
「分かった分かった!引っ張られたら立てないよ!」
驢が立ち上がると、猫はトトトっという軽快な音を立てて走り出した。
「ちょっと待ってよー!!」
黒猫は驢が寝ていた場所よりも更に真っ暗な狭い路地へと吸い込まれてゆく。
見えない。全く見えない。
暗闇に支配された空間に在る、闇色の猫。
見えるわけないだろおおおお!?
その上、猫の足音は肉球に吸い取られて聞こえにくい。
時々呆れたように戻ってくる猫のわずかな気配を頼りに走るしかなかった。
しばらくして息が上がってきた頃、それは起きる。
少し広いところに出た。非常用の街灯がついている。
黒猫は動かない。
「あ…あの…」
驢が声を掛けようとしたその時、布を引き破る音がした。
否、それは猫の声だった。
鳥肌の立つその声は、路地中に響き渡る。
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