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それを合図にして建物の影がうごめき出した。違う。たくさんの人間の影だ。それは見覚えのある顔に、その手下とおぼしき者達。
なんと驢が山の中で戦った、あの盗賊達だったのである。
「くっ…!!なぜお前達がここに…!」
盗賊達は答えない。驢は彼らがあまりに薄気味悪い笑いを浮かべているので、「これが薄笑いかぁ」と納得してしまった。
驢はカバンを足元に置いて戦闘に備え、素早く前後左右に目を走らす。背後にだけは敵はいないようだ。
そこまで確認して、はっと気づいた。
――水が、無い…。
猫が入れそうなドブはもちろん、どこにも濡れるような場所は、この広場にはなかったのだ。
だとしたら、この水は――
「あははは!!あははははは!!」
驢が指先を確認しようとしているのをあざ笑うかのような、朗らかな笑い声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこでは…
黒猫が笑っていた。
子供の声で、猫がさもおかしそうに笑っているのだ。
シュルルルル…!
紐が解かれるようなかん高い音を立てながら、猫の周りに猛スピードで魔力の渦が巻き始めた。
思わず目をつぶる。
音が止んでから、そっと目を開けた。
そこにはすでに猫の姿はない。
代わりに、血まみれの子供が立っていた。黒髪で、黄緑色の瞳だ。そして白い肌が赤く染まっている。彼がケガをしている訳ではないだろう。さっきまで笑っていたのだから。状況が全く飲み込めなない驢に、子供は言った。
「まだわかんないのぉ?ボクはあの黒猫で、猫がボクなんだよー」
「……え…?」
「変身魔法、って聞いたことある?」
「変身魔法だって!?そ、そんな…」
もちろん聞いたことはある。
しかし変身魔法は使用者の細胞の性質や数を著しく変化させるものであり、習得が難しいので最高位魔法のひとつとして挙げられている。体にかかる負担もかなりのものだ。
使用者がケロリとしているところを見ると、おそらくは負担軽減の魔法、それもかなり強力な高位の魔法を併用しているのだろう。
どちらにせよこんな、5~6歳の子供が成せるような業ではないはずだ。
「へっへー♪すごいでしょー」
ぼ…僕は薬草の育ちを早くする魔法と、その薬効を高める魔法しか使えないってのに!
「君の名前」
「へっ!?」
突然子供が話しかけてきた。小さな指を突きつけて、笑みを浮かべている。それは純粋な微笑みにも、意地の悪そうなにやけにも見えた。
「リュイっていうんだよね」
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