一章

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  ∞  ∞  ∞ 「それで……この有様ですか」 盛大な溜息をついた男の前で、時由と吉平は頭を垂れる。 この男こそが、時由の師にして、吉平の父である安倍晴明である。 自らの邸にいるためか、烏帽子は着用しておらず、ゆるく結った髪に狩衣という軽装で座っている。 時由と吉平のその様子に、晴明の横で酌をしていた女がくすくすと笑った。 「六(りく)……」 「良いではございませんか、晴明様。私もあの内裏とかいう場所は好きではございませんのよ。少しくらい壊れていた方が美しいですわ」 本当に楽しそうに、晴明に六と呼ばれた女は言った。 「あなたはときどき怖いことを言いますね……」 再び溜息をついた晴明を見て、時由と吉平の二人は苦笑を洩らし、顔を見合わせた。 そんな二人を見て、女も微笑を洩らす。 女の名を六合と言った。 正確には、前三六合木神。 十二神将と呼ばれるうちの一人。 末席に席を置くとはいえ、神と呼ばれるに相応しい存在である。 淡い青色の髪は、その身丈より長く、流水を連想させる。 安倍晴明に使役される式神となって、人としては長い年月を経ているためか、最初では近寄ることさえできなかった酒も、最近では嗜む程度には飲めるようになっている。 他の式神たちと違って、今のように主である晴明の横で酌をするという人間に近い行動も少なくない。 「とにかく…反省してくださいね、時(とき)に吉(よし)」 「はーい」 「はーい」 声をそろえて気のない返事をした二人に、六合は再び笑った。  
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