一章

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  ∞  ∞  ∞ 陰陽師には、その能力や力量に個人差がある。 その中でも最も少なく貴重な能力は、神祓いの能力だ。 これは公には知られておらず、一部の人間のみが内密にしている能力である。 神祓い、といっても、神を調伏したりするわけではない。 否、これでは少し語弊があるだろう。 正確には、神を調伏することは人間にはできない。それは人の身に余る所業であるからだ。 では神祓いとは何か。 簡単に言うならば、神を閉じ込めること。 イメージとしては、神を眠らせ、目に見えない空間に錠をかけてしまうようなものだ。神の眠りがいつまで続くか、錠が錆びて朽ちないか、不安定な状態。 封印ではなく、それが閉じ込めるということ。 それを行うことができる魂さえも、一つの世に一つと言われている。 その魂を持った者を、人々は畏敬の念を込め“神祓師(しんぎし)”と呼び、その行為を、檻に神を閉じ込めるという意で“檻神(おりがみ)”と呼ぶ。   ∞  ∞  ∞ 「神が、愚りましたか」 昨晩と同じように、時由と吉平とに向かい合って座していた晴明は、険しい表情をしている。 愚(お)りる。 それは神が人へ仇なすものに下ること。愚り神に下ること。 「晴明、」 沈黙した晴明に、時由は言う。 紙燭が揺らめき、影を作った。 一呼吸おいて、時由は口を開く。 「貴船の龍神は何をしているのだ」 晴明はその言葉に、眉をひそめた。 “貴船の龍神”とは、京の離れにある貴船神社の祭神である闇龍神(くらおかみのかみ)と高龍神(たかおかみのかみ)のことである。 それは京の守り神だ。 「時、口を慎みなさい」 「しかし、」 「時」 諌めるその口調に、時由はぐっと口をつぐむ。 晴明は表情を和らげて言った。 「自然の調和を乱しているのは、人です」 「でも…っ!こんなに愚り神が京に来るなんて…っ!」 穏やかな口調の晴明に対し、時由は声を荒げる。  
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