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時由のその問いに、幼い少年─玄武─は沈黙を返す。
時由はなおも笑顔で、しかし心なしか圧力のある声色で、もう一度問うた。
「吉平は?」
沈黙。
そして玄武は、短く息を漏らすと、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「すみません、見失いました」
∞ ∞ ∞
所変わって朱雀大路。
噂の少年、安倍吉平(あべのよしひら)はというと、ちょっとした危機に陥っていた。
四方八方、闇、闇、闇。
とても日常茶飯時起こり得るような状況ではないのだが、しかしその当事者である吉平は、のんびりとした様子でひとりごちていた。
「玄武をまいたのが半刻ほど前で、……時由はまだ来れないよなぁ。よし、一応やってみよう」
吉平はがさごそと袂をあさると、一枚の霊符を取り出し構える。
「オン!」
真言を唱え、しかし霊符は、バチっという派手な音とともに弾け、焼け落ちた。
「あー……やっぱ無理かぁ。」
やはりのんびりと言うと、吉平はすとんと地に腰をおろした。
そして両の手の人差し指と親指で円を描くような形に結ぶ。九字の一つ、“在”の形だ。
吉平はゆっくりと目を閉じる。
心を無に。
無、霧、夢──…無。
∞ ∞ ∞
「吉平を見失った場所は?」
「えっと、勧学院あたりだったと」
「勧学院!?なんだってそんな所に……邸と反対方向じゃないか!」
「わかりませんよ!私は吉平様について行っただけで」
「くそっ……何かあったらどうするつもりだ、あいつは!」
時由と玄武は通りを走っていた。
動くのに不便な烏帽子を玄武に預けて走って居るため、走るたびに揺れる、高い位置で結わかれた漆黒の長い髪を、時由はうっとうしそうに掻き上げた。
「邪気が……、朱雀大路、鴻臚館あたりに!」
玄武が言った言葉に、時由はぴたりと足を止める。
「あの馬鹿者が!」
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