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舌打ちを一つ、文句を一つ言うと、時由は手を打ち鳴らし呼んだ。
「角(すぼし)」
突然、不自然な風が吹く。
角、とは星占で使われる星の名、二十八宿の内の一つである。
と、いっても、時由が呼んだのは二十八宿角の星ではなく、その名を与えた時由の使役する式。
風をある程度の範囲で自由自在に操る能力を有し、また存在を視覚で認識できないため、常に時由の側に侍っている式だ。
「《運べ》」
命令の言葉を発する。
さあ、っと風が舞い、時由のからだがふわりと宙に浮いた。
「玄武、先に帰っていろ。吉平は俺一人で連れ戻せる」
「わかりました。御武運を」
「ああ。角、《南へ》!」
時由の命令に従い、時由を舞いあげ、南へ運ぶ。
それを確認すると、玄武は隠形した。
∞ ∞ ∞
『…て……』
闇に、声が響く。
『……げて……、逃げて、下さ……!』
吉平は心を無にする。
それは彼にしか使えない術。
不意に、闇の内にぽつりと女の影が浮かび上がった。
『……の方は…に恨………』
ノイズ混じりで、女が語る。
『神が』
ノイズが消えた。
声が鮮明に響く。
『神が、来る』
「オン!」
その声とともに、闇が弾けた。
途端に邪気は霧散され、吉平の頭の内にいた女の姿も掻き消える。
吉平はうっすらと目を開き、完全に心が飲まれていたことに気付き瞠目した。
そして心強い幼馴染み、時由の声に、はうっと溜めていた息を吐き出す。
どうやら先程の声は、吉平を助けるために放った術のものらしい。
「時由遅いよ~」
吉平がひらひらと時由に手を振ると、パシッと頭にぶつかる何か。
拾い見ると、それは一本の筆であった。
この筆でいつも霊符を書いているのに随分な扱いだな、と思いつつ、吉平は前に降り立った時由にそれを渡す。
「この馬鹿者!逢魔時にふらふら歩く奴があるか!」
パシッと筆を受け取り、文句を言う時由に、吉平はヘラっと笑う。
「心配してくれてありがとう」
「してない!」
キッと言うと、時由は立ち上がる吉平に手を貸す。
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