一章

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舌打ちを一つ、文句を一つ言うと、時由は手を打ち鳴らし呼んだ。 「角(すぼし)」 突然、不自然な風が吹く。 角、とは星占で使われる星の名、二十八宿の内の一つである。 と、いっても、時由が呼んだのは二十八宿角の星ではなく、その名を与えた時由の使役する式。 風をある程度の範囲で自由自在に操る能力を有し、また存在を視覚で認識できないため、常に時由の側に侍っている式だ。 「《運べ》」 命令の言葉を発する。 さあ、っと風が舞い、時由のからだがふわりと宙に浮いた。 「玄武、先に帰っていろ。吉平は俺一人で連れ戻せる」 「わかりました。御武運を」 「ああ。角、《南へ》!」 時由の命令に従い、時由を舞いあげ、南へ運ぶ。 それを確認すると、玄武は隠形した。   ∞  ∞  ∞ 『…て……』 闇に、声が響く。 『……げて……、逃げて、下さ……!』 吉平は心を無にする。 それは彼にしか使えない術。 不意に、闇の内にぽつりと女の影が浮かび上がった。 『……の方は…に恨………』 ノイズ混じりで、女が語る。 『神が』 ノイズが消えた。 声が鮮明に響く。 『神が、来る』 「オン!」 その声とともに、闇が弾けた。 途端に邪気は霧散され、吉平の頭の内にいた女の姿も掻き消える。 吉平はうっすらと目を開き、完全に心が飲まれていたことに気付き瞠目した。 そして心強い幼馴染み、時由の声に、はうっと溜めていた息を吐き出す。 どうやら先程の声は、吉平を助けるために放った術のものらしい。 「時由遅いよ~」 吉平がひらひらと時由に手を振ると、パシッと頭にぶつかる何か。 拾い見ると、それは一本の筆であった。 この筆でいつも霊符を書いているのに随分な扱いだな、と思いつつ、吉平は前に降り立った時由にそれを渡す。 「この馬鹿者!逢魔時にふらふら歩く奴があるか!」 パシッと筆を受け取り、文句を言う時由に、吉平はヘラっと笑う。 「心配してくれてありがとう」 「してない!」 キッと言うと、時由は立ち上がる吉平に手を貸す。  
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