一章

5/13
前へ
/52ページ
次へ
「死霊、か」 パンパンと直衣の砂をはたいている吉平に、時由は呟いた。 先程の闇を指して言ったその言葉に、吉平も頷く。 「うん。……逃げられちゃったね」 調伏ができていたら、先程のような霧散はしないだろう。 「お前がっ、あの術に飲まれていたから、手加減したんだっ!」 ムキになって言う時由に、吉平は言葉を選び違えたことを反省しつつ、一方で先程のことを考える。 あの死霊は、神が来ると言った。 逃げる?神から? そんな状況は一つしかない。 即ち──、 「何者!」 時由のその声に、吉平は考えを中断させられた。 時由は吉平を、否、それを通り過ぎて、その向こうにあるものを見ていた。 吉平もそれに倣って後ろを振り返る。 そこには一人の少年が立っていた。 年頃はおよそ、時由や吉平と同じほど。 身分の高い者しか纏えない色の束帯を着用していることから、陰陽寮の書生でしかない二人よりは、よほど身分が高いことが分かる。 「名を名乗れ」 低い声色で時由が言うと、相手の少年はおもしろくなさそうに、フンと鼻を鳴らした。 「藤原康則(ふじわらのやすのり)」 返って来た答え。 藤原姓は、貴族の内でも一際栄華の頂きに近い一族だ。 「藤原……供もつけずにこんな所で何をしている」 相変わらず相手を威嚇するような声色で言った時由に、少年─康則─は、不敵に笑んで言った。 「陰陽師風情に告げる必要などない」 「なっ……!」 「せいぜい這いずり回っていろ、陰陽師」 そう言うと、康則は笑みを携えたまま、袂を翻し、夜の帳が降りつつある闇の内に消えた。 「…時、由……?」 目の前でふるふると震えている時由に、吉平は恐る恐る声を掛ける。 固く結ばれた両の拳が、怖い。 「………す」 「え?」 「ぶっ殺す!」 ぐっと拳を持ち上げて言った時由に、吉平はおろおろと慌てる。  
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加