28人が本棚に入れています
本棚に追加
「死霊、か」
パンパンと直衣の砂をはたいている吉平に、時由は呟いた。
先程の闇を指して言ったその言葉に、吉平も頷く。
「うん。……逃げられちゃったね」
調伏ができていたら、先程のような霧散はしないだろう。
「お前がっ、あの術に飲まれていたから、手加減したんだっ!」
ムキになって言う時由に、吉平は言葉を選び違えたことを反省しつつ、一方で先程のことを考える。
あの死霊は、神が来ると言った。
逃げる?神から?
そんな状況は一つしかない。
即ち──、
「何者!」
時由のその声に、吉平は考えを中断させられた。
時由は吉平を、否、それを通り過ぎて、その向こうにあるものを見ていた。
吉平もそれに倣って後ろを振り返る。
そこには一人の少年が立っていた。
年頃はおよそ、時由や吉平と同じほど。
身分の高い者しか纏えない色の束帯を着用していることから、陰陽寮の書生でしかない二人よりは、よほど身分が高いことが分かる。
「名を名乗れ」
低い声色で時由が言うと、相手の少年はおもしろくなさそうに、フンと鼻を鳴らした。
「藤原康則(ふじわらのやすのり)」
返って来た答え。
藤原姓は、貴族の内でも一際栄華の頂きに近い一族だ。
「藤原……供もつけずにこんな所で何をしている」
相変わらず相手を威嚇するような声色で言った時由に、少年─康則─は、不敵に笑んで言った。
「陰陽師風情に告げる必要などない」
「なっ……!」
「せいぜい這いずり回っていろ、陰陽師」
そう言うと、康則は笑みを携えたまま、袂を翻し、夜の帳が降りつつある闇の内に消えた。
「…時、由……?」
目の前でふるふると震えている時由に、吉平は恐る恐る声を掛ける。
固く結ばれた両の拳が、怖い。
「………す」
「え?」
「ぶっ殺す!」
ぐっと拳を持ち上げて言った時由に、吉平はおろおろと慌てる。
最初のコメントを投稿しよう!