一章

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「時由!仮にも相手は貴族だから!落ち着いて!」 「落ち着いていられるか!将来の大陰陽師に対するあの侮辱、万死に値するっ!」 「えー!それ全然理に通ってないよー!」 「ところで奴は文官なのか?」 「て、って、え?あー……うん、そうだよ」 突然調子を戻した時由に、吉平は反応を詰まらせながらも答える。 一方時由は、じっと考え込み始めた。 「どうかした?」 不審に思った吉平が問うと、時由は納得のいかなそうな顔を上げて言った。 「帯刀していたんだ。小太刀のような護り刀ではなく、武官が使うような」 腰に下げていた一振りの刀。 そういえば、と吉平は何となく思う。 「それに、影でこそ何とでも言われているだろうが、目の前で陰陽師を侮辱するなど、文官なら絶対に有り得ない。名乗り上げた後など尚更だ」 ああ、とそこで納得がいく。 官吏が、否、京に住まうもの全てが敵に回したくない部類の人間に、陰陽師は該当する。 理由は様々あるだろうが、その最上位に来るものは、呪をかけられるから、である。 敵に回して呪でもかけ殺されたら、徒人のような普通の人間であれば対抗できない。 政敵の暗殺や私怨など、文官ならなおのことその脅威は身に染みている。 「ただの馬鹿か、もしくは何らかの裏に繋がりがあると言うのか……?」 再び考え込み始めた時由を見て、吉平は手持ち無沙汰になる。 時由は宮中の噂話や貴族のお家事情には疎い。 時由本人にとっては、陰陽師、ひいては内裏勤めも副業のようなものであるらしい。 つまり出世に関心がないのだ。 人に媚びを売ったり取り入ったりすることが欠かせない出世道。そしてそれに必要な噂話やお家事情。 それは、時由には全く関心のない事柄だった。 しかし吉平は違う。 特に欲があるわけではないが、出世できるならしてもいいなくらいには思っているし、またそのための手段も人並み程度には持ち合わせている。  
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