梅雨~距離~

10/24
前へ
/278ページ
次へ
「悪い……ありがとな」 いつもなら絶対に言わない礼をすんなりと咲良が口にしたので、佐倉は怪訝な表情で見つめる。 「用はこれだけならもういいだろ。早く仕事戻れよ」 硬い声で封筒を凝視したまま、こちらを一切向かない。 何かあると感じ尋ねようとした。 コン、コン。 「佐倉先生。ちょっといいですか」 だがそれは、扉ごしの看護師の声で遮られる。 「……じゃあまたね~咲良君」 咲良は返事もせず静かに右手だけ上げた。 やはりこちらを見ない。 いつもと変わらないでいこうと思い、そのまま病室を後にした。 「すいません。あの……佐倉先生?」 眉間に深いしわを刻んで出てきた佐倉に、看護師は驚き見つめる。 「……いや。行こうか」 一抹の不安を消せないまま 佐倉は自分の仕事に取り掛かった。 「………」 静かになった病室で、咲良は激しく脈打つ心臓をどうにかして鎮めようとしていた。 (うるさい……) 咲良の意思とは逆に鳴り止まない鼓動。 額からは冷や汗がにじみ、心なしか呼吸も苦しくなってきた。
/278ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1547人が本棚に入れています
本棚に追加