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「俺はもう……十分逃げた」
逃げて、隠れて、そんな自分の存在すら、消したいと思った。
「これ以上、目を背けたくないんだ」
逃げるのは簡単だ。
その代償がどんなに大きなものか知らずに、ひたすら走ればいい。
振り返らず、目を瞑ったまま。
「俺はお前とは違うものになりたい……だから」
『咲良……』
「お前は、もう帰っていいんだ」
そう言った直後、ぐにゃりと空間が歪む。
もう一人の俺が、必死に手を伸ばそうとしている。
『咲良……っ!!』
俺はやっとのことでその手を掴む。
「帰っていい……ここに」
弱い俺。
脆くて崩れそうな、もう一人の俺。
克服にはまだ時間がかかるよ。
でも、もう一人にはさせない。
ずっとここで、俺が振り返るまで一人で待っていたんだね。
何もない空虚なこの場所で、たった一人で。
「……大丈夫」
不安はあるけど、恐れも消えないけど、分かったことが一つあるから。
だから帰ろう。
繋いだ手を離さずに、崩れていく白い壁を眺めながら、俺はそこで再び意識を失った。
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