三幕「歪みは、そこに。」

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カツン、カツン、 無機質で、どこか冷たい革靴の底が地面に当たる音がする。 その音は、ろくに街頭も無い暗い夜道に響いていた。 カツン、カツン… 日向が物憂げに一歩を踏み出す度に、それは寂しく鳴っては止む。 そんなことがしばらく続いた時のことだった。 突如、日向の顔が強張り、その足が止まった。 「……父さん…?」 日向の声が震えている。 明らかに恐怖を感じている声。 相手はまだ気付いていないが、間もなく自分が誰か分かってしまう…。 やがて、日向の悪い予感は、やはり的中した。 暗がりの中の顔が、明らかに喜色を帯びていた。 「…父さん…久しぶり、ですね…。 どうしたんですか…?」 「やぁ、日向! いや…まさか、ここで会うとは思わなかったなぁ! びっくりした~ところで、元気だったかい?」 「………あ、まぁ。 大丈夫…父さんは?」 彼の父、城崎優は幸か不幸か、息子に怯えられていることに気付かない。 ただ嬉しそうに、夜道の再会を楽しんでいた。 しかし、日向は落ち着きなく、しきりに父の表情を窺う。 まるで、そこから何か情報を読み取ろうとするかのように。 「ん?…僕かい? そうだねぇ…どうだろう。 父さん、またお母さんに会えなかったし…声も聞かせて貰えなかったから、落ち込んではいるんだろうね。」 「…会いに…また家に、行ったの?…父さん。」 「そうだけど…何かまずかったかな? でも、あれは僕の家だし…愛は僕の奥さんだ。 どうしてるか気になるのは、当然だろう?」 「………………。」 優の声は、一見優しく響く。 だが、そこには紛れも無い狂気が潜んでいた。 自覚されない狂気ほど、恐ろしいものはない。 日向の今にも泣き出しそうな歪んだ表情が、その事実を如実に示す。 「そうだ…日向、まだ夕飯食べてないだろう? だったら、父さんと一緒に食べよう! …日向の好きなおもちゃ、買ってあげるから。」 「父さん…俺は…」 「…さ、一緒に食べに行こう? 日向の好きな物でいいぞ~。」 すっかり昔に帰った気分の優は、ふざけて息子の頭を撫でようと手を伸ばした。 だが、その手が…日向の心の傷を深くえぐる。 とっさに振り払った手を呆然と見つめ…そして、日向は叫んだ。
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