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カツン、カツン、
無機質で、どこか冷たい革靴の底が地面に当たる音がする。
その音は、ろくに街頭も無い暗い夜道に響いていた。
カツン、カツン…
日向が物憂げに一歩を踏み出す度に、それは寂しく鳴っては止む。
そんなことがしばらく続いた時のことだった。
突如、日向の顔が強張り、その足が止まった。
「……父さん…?」
日向の声が震えている。
明らかに恐怖を感じている声。
相手はまだ気付いていないが、間もなく自分が誰か分かってしまう…。
やがて、日向の悪い予感は、やはり的中した。
暗がりの中の顔が、明らかに喜色を帯びていた。
「…父さん…久しぶり、ですね…。
どうしたんですか…?」
「やぁ、日向!
いや…まさか、ここで会うとは思わなかったなぁ!
びっくりした~ところで、元気だったかい?」
「………あ、まぁ。
大丈夫…父さんは?」
彼の父、城崎優は幸か不幸か、息子に怯えられていることに気付かない。
ただ嬉しそうに、夜道の再会を楽しんでいた。
しかし、日向は落ち着きなく、しきりに父の表情を窺う。
まるで、そこから何か情報を読み取ろうとするかのように。
「ん?…僕かい?
そうだねぇ…どうだろう。
父さん、またお母さんに会えなかったし…声も聞かせて貰えなかったから、落ち込んではいるんだろうね。」
「…会いに…また家に、行ったの?…父さん。」
「そうだけど…何かまずかったかな?
でも、あれは僕の家だし…愛は僕の奥さんだ。
どうしてるか気になるのは、当然だろう?」
「………………。」
優の声は、一見優しく響く。
だが、そこには紛れも無い狂気が潜んでいた。
自覚されない狂気ほど、恐ろしいものはない。
日向の今にも泣き出しそうな歪んだ表情が、その事実を如実に示す。
「そうだ…日向、まだ夕飯食べてないだろう?
だったら、父さんと一緒に食べよう!
…日向の好きなおもちゃ、買ってあげるから。」
「父さん…俺は…」
「…さ、一緒に食べに行こう?
日向の好きな物でいいぞ~。」
すっかり昔に帰った気分の優は、ふざけて息子の頭を撫でようと手を伸ばした。
だが、その手が…日向の心の傷を深くえぐる。
とっさに振り払った手を呆然と見つめ…そして、日向は叫んだ。
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